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【第66回】さようなら、ありがとう、ブルキナファソ

2021.09.06


 西アフリカのブルキナファソ在住、「TKT48」広報部海外メンバーのAikoです。

 夫の転勤が決まり、4年あまり過ごしたブルキナファソを離れることになりました。

 今日は、滞在国を離れるアフリカ駐在妻の気持ちを綴ります。


トラブル続きだった赴任当初

4年前、当時1歳だった長女を連れて、日本を飛び立ちました。

出発からトラブル続きで、搭乗予定のフライトが3時間遅延。乗継ぎが間に合わず、急遽エチオピアで1泊することに。航空会社から用意されたホテルではお湯が出ず、冷たいシャワーで洗われた娘はギャンギャン泣いていました。

想定外の一泊に残りのオムツの数を数えながら、「無事に着けるのだろうか」と不安な気持ちを抱えていました。 赴任当初は家も車もなく、ホテルに滞在。土地勘の全くない場所での買い物では、何度も道に迷いました。1歳の娘を背負って汗だくになりながら、炎天下の中、2時間以上彷徨って歩いたことは今でも鮮明に覚えています。

生活の立ち上げにも一苦労。ブルキナファソに赴任する前は、近隣国のベナンに住んでいたので、ベナンで使っていた家具をトラックで搬送する手続きをしていました。数日で到着すると言われていたトラックは、当初の予定を大幅に遅れて到着。タイミング悪く、その時夫は地方出張中。地方は電波が悪いため、電話も通じません。どうにかフランス語で税関手続き等を行い、警備員さんに手伝ってもらいながら全ての家具を搬出し、冷蔵庫や洗濯機の設置を行いました。

懸命に築き上げてきた生活

夫は仕事があるため、生活を整えるのは駐在妻である私の仕事です。

子どもの学校を探すのも、子どもが学校になじめないときにフォローするのも、食材や日用品を買い出すのも主婦である私の役目。自分が望んだわけではない新しい土地に来て、友人が一人もいないところから立ち上げる生活。さらには、文化も言語も日本と大きく異なる国。公用語であるフランス語、娘たちの教育、病気の不安...。多くのストレスを抱えながら、日本では直面したことのないような問題にぶつかり、戸惑いだらけのスタートでした。

それでも、問題が起こる度にひとつずつ解決の糸口を見つけ、ブルキナファソの文化を少しずつ学び、現地での生活に慣れていきました。現地に暮らす人たちは、幼い子どもたちを連れている私のことをいつも気にかけてくれました。子どもたちを家に置いて外出すると「子どもたちはどこ?元気?」とみんなに声をかけてもらう毎日でした。

4年という年月をかけて、やっと居心地が良くなってきました。問題を一つ乗り越える度に、ブルキナファソの文化を一つ知る度に、誰かに親切にしてもらう度に、ブルキナファソという国がどんどん好きになっていきました。最初のうちは「友達も家族もいない」とふさぎ込んでいましたが、気づけば、夫の同僚家族、娘たちの友達、他国から来た駐在妻たち、家族ぐるみで付き合えるたくさんの友人ができました。

別れは悲しいけれど

ブルキナファソを離れるということは、ここで出会った人たちとの別れを意味します。

幼稚園でやっと友達ができた娘たち。3歳と5歳の子どもたちは「友達ともう会えない」ということをどこまで理解しているのでしょうか。4年間、うちに来てくれていたお手伝いさんは、私の駐在生活を一番近くで支えてくれました。娘たちを我が子のようにかわいがり、一緒に成長を喜んでくれました。

ブルキナファソの文化を教えてくれたのも、彼女です。

彼女との別れが最も堪えます。スマートフォンもパソコンも持っていない彼女とは、もう連絡が取れないかもしれないから。ブルキナファソという国を、ここで出会った人たちを、全力で好きになろうとしてきた4年間だったから、突然やってきた別れをいまだに実感することができません。ブルキナファソを離れる寂しさ、迫る引越しの不安とせわしなさ、これから始まる新しい生活への期待が、私の心を順番に巡り、自分の感情がわからなくなっていました。


そんな時に5歳の娘が言いました。

「またみんなに会いに戻ってくればいいじゃん」


その言葉にハッとしました。

----そうだ、一生会えないと決まったわけじゃない。


私たちが大好きなブルキナファソは、いつでもここにあります。

大好きな人たちも、大好きな文化も、きっとずっとあります。戻ってこようと思えば、きっとまた戻ってこられるはず。別れは悲しいけれど、大好きなブルキナファソでの思い出を胸に、これから始まる新しい生活や出会いに期待を込めて、新しい土地でまた私たちらしい駐在生活を築いていこうと思います。

大きな文化の違いに戸惑ったり、不便な生活に悩んだりもしたけれど、ここに来なければ出会えなかった人たち、知ることのできなかった文化、見ることのできなかった景色など、私たち家族に様々な経験をさせてくれたブルキナファソでの駐在生活に感謝の気持ちでいっぱいです。


次回、コンゴ民主共和国よりお届けします。

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