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【第67回】エジプト帰国子女&元タイ駐在妻が見た、東京2020オリンピック&パラリンピック

2021.10.13


皆様、初めまして!転勤族協会「TKT48」代表の、奥田美和と申します。

こちらのサイトに駐在妻コラムを掲載させて頂くことになったのは、2018年12月のこと。転勤族の妻が地域情報を発信して地域活性化に繋げようという「TKT48広報部」の中でも、海外駐在中のメンバーに執筆して頂き、2年半以上継続することができました。いつもご愛読して下さる皆様のおかげです。本当に有難うございます。

ところが、コロナ禍による転勤減少、メンバーの本帰国、新天地への異動など、国内転勤よりも大変な『引っ越し作業&新生活立ち上げ』により、数回お休みさせて頂く予定でした。しかし、ちょうど良いタイミングで東京オリンピック&パラリンピックのボランティアを体験し、エジプト帰国子女&元タイ駐在妻だからこそ感じるものがあったので、『駐在員の配偶者や子どもが海外生活で得たこと、および、海外駐在経験がその後の人生に及ぼす影響』というテーマでコラムを執筆し、ピンチヒッターを務めようと思います。

東京2020オリンピックの思い出

日本では私と弟を子育て中だったため、育児の合間にできる粘土人形作りや編み物などインドアな趣味が多かった母が、テニスや水泳などアクティブな趣味に目覚めたエジプト駐在。そんな母の背中とピラミッドを見て育った娘は、中学で軟式テニス部、タイ駐在時に硬式テニスを楽しみ、ボランティアの応募シートに『経験スポーツ:テニス』と記入。おかげで、オリンピックは有明テニスの森の担当になりました。

ACRというアクレディテーション(ID)カード発行の部署になり、会場設営や運営の業者さん、交通誘導を行う派遣スタッフ、選手の練習の相手の方、メディアの方など、日本人と外国人半々ほどの割合の来場者にカードを発行しました。

選手のカードは、成田や羽田空港到着時か、選手村に到着した時に発行していたので、私たちのブースに選手が訪れることはほとんどありませんでした。ただ、私がシフト休みの時に、空港からホテルに直行したアメリカ選手団23人が一度にカード発行に訪れ、狭いブースの中4台のPCで対応するのはとても大変だったそうです。私自身は、休憩中に練習コートで各国のトップ選手の様子を見たり、男子シングルス決勝の試合中、まさに優勝決定の瞬間にセンターコートの外で記念撮影をしていたり等、楽しかったものの選手との直接交流は経験できなくて残念でした。

東京2020パラリンピックの思い出

パラリンピックでは、パラテコンドー練習会場担当になりました。パラテコンドーは東京パラリンピックから導入された競技です。テコンドーの知識は皆無だったので予習したところ、元々足技がメインの格闘技なので、日本ではサッカーやスキー経験がある上肢障害のアスリートがパラテコンドーに挑戦し、パラリンピック初の王者を目指しているようでした。練習会場の担当は、受付と会場担当があるのですが、初日は会場担当になりました。選手村からバスで到着し、受付を済ませて会場に来た選手団を、「こんにちは!」と各コートに誘導。練習が終わればすぐに床のモップがけ、練習器具などの清掃。コロナ禍ということもあり、隅々までクリーニングしました。

練習会場では、念願の選手との交流...特にエジプト選手団とトルコ選手団と交流できました。私が思春期を過ごしたエジプトの選手団とは、帰りのバス待ちの少しの間しかお話できませんでしたが、久しぶりで嬉しかったです。トルコ選手団は練習の間ずっとドアをオープンにしていたので、スタッフの方(コーチ?)が何度も出てきて話しかけてくれたり、練習後は選手の方が記念撮影しましょう!と言って下さったり、最後にピンバッジも頂きました。

東京2020オリンピック&パラリンピック1

有明テニスの森のACRでも英語でのコミュニケーションは取りましたが、必要最低限の会話のみ。練習会場では、「日本大好き!」「Thank you!」「日本語でありがとうは何というの?」「ARIGATO!ありがとうはトルコ語でなんと言うの?」等、互いにカタコト英語ながら雑談できました。彼らがコートを去る時にトルコ語で「テシェキュレール!」とみんなで見送ったら、とても喜んでもらえました。

子どものうちに海外生活を経験しているメリット

エジプトはアラビア語、タイはタイ語。駐在中は書き文字もマスターしたのに、本帰国後は話す機会も書く機会もなく、すっかり忘却の彼方です。英語については、帰国子女と名乗るのが恥ずかしいほどのレベルです。とはいえ、英語ネイティブ国の帰国子女のように英会話ができなくとも、「日本人以外の人ともコミュニケーションを取る」スキルには長けています。なぜなら、海外駐在すればその日から、日本人以外とコミュニケーションを取らざるを得ないから。

日本人は中学から(今は小学校から)英語を学習しているので、実は日本と同じくらいのレベルの非英語ネイティブ国なら『カタコト英語』の方が通じます。試験中のようにあれこれ文法を考えなくても、「これ(指で示し)、ワンハンドレッド/ヌンローイ(タイ語)グラム、プリーズ」で、お肉100gを買えてしまうのです。

(母国語が日本語以外の国で生きていくための)サバイバル英語+大きめの身振り手振りジェスチャー+とびっきりの笑顔

これさえできれば、世界各国誰とでもコミュニケーションは取れます。そして、誰とでも臆せずにコミュニケーションを取るようになるには、子どもの頃から海外生活(または外国人との異文化交流)をすることが大事なのだと、今改めて実感中です。

パラリンピックから、次の世界へ

タイではよく見かけ普通に暮らしていたニューハーフが、日本ではLGBTとカテゴライズされている。日本ほどバリアフリー化されていない街中でも、障害者がたくましく暮らし、街の人も普通に接していた。

――本帰国後、高校時代は青少年赤十字団(JRC)にて障害者の方との交流もしていましたが、社会人になってからは交流の機会が無く、気が付けば「普通の日本人」の中で暮らしていました。 東京オリンピックのボランティアで、エジプトとタイでの駐在生活を思い出し、 東京パラリンピックのボランティアで、世界各国から多種多様な人が集まっていたバンコクの日々を思い出しました。

「コリアン?チャイニーズ?」「マイチャイ、コンイープンナカ(いいえ、日本人ですよ)」

日本で暮らしていると意識することのない、「日本人」という肩書、アイデンティティ。

『タイに駐在した時、タイの方が優しくしてくれたからタイ生活が楽しく、タイが大好きになりました。 今度は、日本に来てくれた選手や観光客の方が日本滞在を楽しみ、全力を出せ、 あの時日本に行って良かったと思ってもらえるようにおもてなしできたら...と思います。』 ボランティアの志望動機に書いた想い。パラリンピックも終わった今、 日本人らしさ、日本人の良さというのは、『おもてなし』である、と再認識しました。

――コロナ禍で色々な物事が見えにくくなってしまった今、東京オリンピック&パラリンピックは、日本らしさ&日本人らしさとは何なのか、今一度考えてみるちょうどいい機会だったのかもしれませんね。

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