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【第38回】ブラジル駐在|リオデジャネイロでの学校探しと子育て事情

2020.05.27

ブラジル駐在|リオデジャネイロでの学校探しと子育て事情

「転勤族協会TKT48」広報部海外メンバー・ブラジル在住のリオママです。

前回はブラジルでのコロナの状況について書きましたが、今回は時間を巻き戻して、リオの治安・家探し・病院の記事に続き、学校探しと子育て事情について書いてみたいと思います。

リオの幼稚園の選択肢

我が家がリオに到着した際、息子は4歳でした。

日本では、幼稚園の年少から年中に進級する頃です。

リオでは、日本人学校の受け入れが小学校からしか無かった為、候補に挙がったのがアメリカンスクールとブリティッシュスクールの2つ。両校とも、3歳から入園可能でした。先行してリオに行っていた主人に見学に行ってもらい、我が家は会社が推奨していたアメリカンスクールに入園する事にしました。

決め手は、会社の推薦校でもあり、当時アメリカンスクールに通っている日本人が多く、情報が得やすく、校庭が広かった事。また、当初ブリティッシュスクール付近のファベーラと呼ばれる貧困街にて、子供を送迎する親の車が襲撃される事件が多発していると耳にした為、治安の面も考慮してアメリカンスクールに決めました。しかし、最近渡伯されてくる日本の方には、ブリティッシュスクールが人気となっている様です。

学校周辺の治安について

先程、ブリティッシュスクール付近の治安に触れたのですが、アメリカンスクールのすぐ横にも、ホッシーニャと呼ばれているリオ最大の貧困街があります。数年前に警察と住民が銃撃戦となり、学校内に銃を持った人が逃げ込んだ事もあった様です。

今では、学校周辺には警備員が何名も配置されており、電気鉄線で張り巡らされ、セキュリティーもしっかりしています。また、学校に危害が加えられ無い様、学校からホッシーニャへ食料や物資の配給を行なったり、雇用を斡旋したりと、ホッシーニャの住民とは円滑な関係を築いて、安全を保っているとの事でした。

日本人学校に遊びに行った際には、火事の際の避難経路と並んで、銃撃戦があった際の避難場所、避難経路が掲載されたポスターが壁に貼ってあり、初めて目にした際には、やはり銃社会なんだなと身の引き締まる思いでした。

学校での1日

息子の朝は早く、朝7時5分にマンション下にスクールバスが迎えにやってきます。

スクールバスと言っても学校が手配してくれるのではなく、スクールバスを運営している会社が何社かあり、自ら手配します。私は、アメリカンスクールに通っていた日本人の方にバス会社を紹介してもらい、手配しました。

バスには車内で子供のお世話をしてくださる女性が1名乗っており、テレビも完備。子供が好きそうなアニメが流れています。朝が早いので、車内で飲食も可能です。バスに揺られる事1時間30分ほどで学校に到着します。

お昼は給食。

ブラジルらしい、肉料理とフェジョンと呼ばれる豆のスープ、サラダとご飯、果物が出てくるとの事。献立を見てみると、ほぼ毎日お肉の様です。

月曜から木曜は15時20分に、金曜は15時に学校が終わります。そこから大渋滞の道路を経て、我が家に戻ってくるのはほぼ17時。バスが到着し、扉が開くといつもシートベルトにもたれ掛かって寝ています。

学校からは、毎週金曜日に担任の先生より1週間の活動報告のメール、写真が送られてきます。相談事があれば、メールを通して先生と連絡を取り、年に2回先生との面談があります。学校では、日本と同様、校庭遊び、音楽、図工、絵本を読むといった事をしている様です。

基本的には英語を使用しなければいけないのですが、スクールバス内や、校内のセキュリティー、売店の方などポルトガル語しか話せない方も見受けられ、英語とポルトガル語、両方話す事が出来なければ不便に感じます。

リオの子育て事情

アメリカンスクールやブリティッシュスクールに通っている現地のお子さんは、とても裕福な方々が多く、ババさんと呼ばれる子供の面倒を見る専門の家政婦さんを雇われています。学校の送迎から、公園の付き添い、子供の食事介助など、子育て全般を任されている様です。最初、お母さんかなと思っていたら、ババさんだったという事が良くありましたが、見分け方があり、ババさんは基本的に白いTシャツと白いズボンを着用されています。

週末の家族で行くレストランにもババさんは同行されており、両親が食事している横で、ババさんは食事もしないで子供の相手をしている光景を見て、カルチャーショックを受けました。

アメリカンスクールの先生と面談した際に、日本人は自分で子育てをしていて素晴らしいと言われた事があります。それ程、リオの裕福なご家庭では子育てをババさんに任せきっているのが現状なのかもしれません。

リオに来て1年、私自身も息子も、最初は慣れない環境にて体調を崩したり、涙する事も多々ありました。しかし、1年もすると息子はぐんぐん成長し、本人はよく理解していないながらも、英語とポルトガル語を使い分けて生活している場面を目にする事もありました。

息子にとって、リオで過ごした日々が素敵な思い出となってくれれば良いなと思っています。

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