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危機管理 日本 海外医療 海外赴任 藤井 毅

トラベルクリニックの現場から│狂犬病/はしか/風疹

2019.05.03

はじめに

海外への出張、赴任、留学、ボランティア活動、観光旅行など様々な目的で渡航する前に、多くの方がトラベルクリニック(渡航外来)を受診されます。渡航先の国や地域、滞在期間、現地での活動内容などに応じて、生活する上での注意点や必要なワクチンや予防薬について説明しておりますが、その際に皆さまから尋ねられることのある疑問点や不安を抱かれている点などについて、思いつくままに綴ってみます(執筆者:品川イーストクリニック院長/藤井 毅)。

狂犬病の犬に咬まれると100%死ぬんですよね?

狂犬病を"発症"してしまうとほぼ100%死亡します。しかし、狂犬病にかかっている動物(人への感染源のほとんどは犬ですが、アライグマやコウモリなどあらゆる哺乳類が感染源になります)に咬まれても、すぐに現地の医療機関で適切な処置(曝露後予防措置)を受けることが出来れば、ほとんどの場合は助かります。この曝露後予防措置とは、受傷部位をよく洗浄した後に狂犬病ワクチンを通常4~5回(受傷の当日、3日後、7日後、14日後、28日後など)および狂犬病免疫グロブリン(世界的に供給不足で打てないことも多い)を注射することです。

狂犬病の潜伏期間(咬まれてから発症するまで)は通常1~2か月間と長いため、この間に発症しないための免疫をつけることが出来るのです。しかしながら、この曝露後予防措置は、手間も時間もお金もかかり結構大変です。狂犬病にかかっていない動物から感染することはありませんが、咬んだ野良犬が狂犬病かどうかを確認することは通常不可能ですので、とにかく流行地で犬などに咬まれた場合は曝露後予防措置が必要となります。世界中でこの曝露後予防措置を受けている人は年間1,000万人程度いると言われています。ちなみに、現在でも狂犬病で命を落とす人が世界中には年間6万人ほど存在していますが、その多くは曝露後予防措置を受けることのない現地の子供達です。

狂犬病の流行地に行く前に、狂犬病ワクチンを規定のスケジュール通りに打って基礎免疫をつけておけば、曝露後予防措置はずっと簡単に済みます。狂犬病ワクチンを2回(当日と3日後)接種するだけでよく、狂犬病免疫グロブリンの注射は不要となります。また、医療機関へのアクセスに非常に時間がかかるような僻地で咬まれた場合などで、曝露後予防措置が遅れても助かる見込みが出てきます。渡航先が狂犬病の発生地であっても、滞在期間が短く屋外での活動がほとんどない場合、医療機関のアクセスが良い場合は、曝露前ワクチン接種を打たない(万一咬まれた場合は曝露後予防措置で対処する)という選択肢もあるかもしれませんが、その逆の場合にはやっておくと安心です。獣医師など動物と接する機会が多い方や、単独で野山などを探索される方などには、特に曝露前ワクチン接種をお勧めします。

麻疹(はしか)ワクチンや風疹ワクチンは、渡航前に必要ですか?

「麻疹や風疹のワクチンは子供の時に接種するものであって、海外渡航とは関係ないのでは?」と思っている方は決して少なくありません。また、現在50歳以上の方の多くは小児期に麻疹や風疹にかかったことがある(と、親から聞いている)ため、「たいして怖い病気ではない」、「誰でも一度は経験する病気」などと考えている方もおられるかと思います。これらはどちらも大きな誤解です。海外に出かける前に多くの方が参考にされている厚生労働省検疫所のホームページFORTH(フォース)のサイト内に「海外渡航のためのワクチン」というページがあります。この中に地域及び滞在期間に応じた予防接種の一覧表がありますが、すべての地域において滞在期間の長短に関わらず"推奨ワクチン◎"として記載されているのは麻疹と風疹だけです。渡航前に麻疹や風疹に対する免疫をつけておかなければならない理由と、麻疹および風疹の疾患としてのインパクトの大きさについて説明します。

40~50年前までは、麻疹も風疹も日本国内においてありふれた疾患であり、多くの人が主に小児期にかかっていました。その後ワクチン接種が進んで、両者とも今では比較的稀な疾患になっており、2015年、2016年、2017年の年間患者報告数は、麻疹が35名、165名、189名、風疹が163名、126名、93名です。実際、麻疹に関しては、日本は2015年3月にWHO西太平洋地域麻疹排除認証委員会(RVC)より麻疹排除状態にあると認定を受けており、現在もその状態を維持しています。ところが、海外からの持ち込み、すなわち輸入感染症としての発生は防ぐことができていません。2017年3月にはインドネシアから帰国した日本人を発端とする60人規模の麻疹の流行が山形県でおこり、2018年4月にはタイで感染した台湾人旅行者を発端とする100名以上の麻疹の流行が沖縄県から愛知県などに広がりました。2018年は夏前から風疹患者が増えてきており、5年ぶりの大流行になる可能性が危惧されています。海外で麻疹や風疹に感染し、帰国後に発症して"発端者"とならないためにも事前に免疫をつけておくことが重要です。

ワクチン接種の対象は、それまでに麻疹および風疹のワクチンを各々2回以上接種していない方および接種歴が不明な方です。自分が何回これらのワクチンを打ったかを記憶している人はほとんどいませんので、母子手帳で子供の時の接種歴を確認する必要があります。母子手帳がない場合は、麻疹ウイルスや風疹ウイルスに対する抗体があるかどうかを血液検査で調べることが可能です。麻疹や風疹に確実に罹ったことがある人は終生免疫が得られていますので、通常は抗体陽性でありワクチンは不要です。

麻疹は決して軽い病気ではありません。合併症で肺炎や脳炎を起こすこともあり、1,000人に1人は死亡します。稀ではありますが、麻疹に罹って10年近く経ってから知能障害や運動障害が起こってくる亜急性硬化性全脳炎という合併症も知られています。風疹の症状は麻疹に比べると軽症ですが、脳炎や血小板減少症などを起こすことがあります。一番の問題は妊婦が風疹に感染すると胎児に影響が及んで先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれる場合があることです。先天性風疹症候群では、先天性心疾患、難聴、白内障、精神発達遅滞などの症状がみられます。このように、麻疹も風疹も社会的なインパクトが極めて高い疾患であることを是非知っておいて頂きたいと思います。

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